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『氷の花火 山口小夜子』松本貴子監督舞台挨拶レポート

2/27(土)、『氷の花火 山口小夜子』の上映初日に松本貴子監督の舞台挨拶を開催いたしました。
松本監督は地元の厚木市出身。地元のご友人やお知り合いの方に見ていただける機会が拡がり、とても嬉しいとおっしゃっていました。
本作は松本監督も親交のあった伝説のモデル、山口小夜子さんの生涯を紐解くドキュメンタリー。小夜子さんを慕う監督の気持ちが溢れる1作となっております。

製作の経緯

松本貴子監督

松本貴子監督

監督が、本作を作ろうと決意されたのは2015年の1月。封切られたのが10/31でしたが、4ヶ月の短い期間でリサーチ、撮影から編集までをこなしたそうです。同年4月に山口小夜子展が東京都現代美術館に開かれるので、「このタイミングしかない」と思い製作に踏み切ったそうです。

松本監督が、山口小夜子さんと最後にお話したのは2007年、「≒草間彌生 わたし大好き」を製作中のことだったそうです。映画の製作で多忙であった監督は小夜子さんからかかってきた電話であまり話せず、程なくして小夜子さんが亡くなられ、「あの時何を話したかったんだろう」と後悔の念が残ったそうです。そうしたこともあり、小夜子さんの人生を紐解き、彼女の業績を残す作品をどうしても作りたかったそうです。

小夜子さんは可愛い人だった

リサーチャーを雇って探し当てた小夜子さんの同級生が本作にも登場しますが、松本監督はその同級生の方のお話を聞いて知らなかった小夜子さんの一面を見つけたようです。
高校の頃、雑誌「セブンティーン」を参考に水着を作ったけど、水に耐えない仕様になってしまっため、着れなくなってしまったエピソードの中にティーンエイジャー時代の小夜子さんの女の子らしい一面を見て取ったそうです。
また松本監督と小夜子さんはともにひとりっ子だったため、二人で「ひとりっ子クラブ」を結成し、ひとりっ子ならではの苦労などをよく語り合っていたとのこと。監督にとって山口小夜子さんは「とても可愛らしい人」だったようです。

また作中でも小夜子さんにゆかりのあった様々な人へのインタビューを行っていますが、皆一様に「自分が小夜子さんのことを一番知っていて親しい」と誇らしげに語っていたそうです。そういう風に思わせてしまうほど小夜子さんの人との接し方が上手だったのでしょうね。

人の人生を作ることのプレッシャー

トーク後、パンフレットにサインをする松本監督

トーク後、パンフレットにサインをする松本監督

他界した人の人生を自分で構成することの重圧を感じたとも監督はおっしゃっていました。人の人生を自分の勝手で編集してしまっていいのかとプレッシャーを感じたそうですが、完成した作品を見た多くの方が「作ってくれてありがとう」と言ってくれたのがとても嬉しかったそうです。また本作はリピーターがとても多いとのこと。

何度も見ることで小夜子さんの様々な側面が見えてくるのかもしれませんね。

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